経験を重ねること。
それは、年齢を重ねることと、どこか似ているかもしれない。
けれど私は、ただやみくもに経験の数を増やしたいわけじゃない。
どちらかというと、「感情の体験」を「重ね」ていきたいと思っている。
でも私は、
感情が揺れることに怖さを感じるときがある。
心が大きく動くたびに、足元がぐらぐらするような、
どこかに流されてしまいそうな不安に襲われるのだ。
だからつい、動き出した感情を感じきる前に、
「大丈夫」と言い聞かせたり、
「仕方ない」と飲み込んだりしてしまう。
とくに誰かと深く関わるときは、
いつか波風が立ち、やがて傷つくかもしれないと怯えて、
関わることそのものを怖がってしまう自分もいる。
でもその一方で、
お互いの対話が成り立てば、わたしの知らない駆動力を持って
前に、前に進めることも
私は知っている。
互いに気持ちを差し出し、言葉が行き交えば、
心は少しずつ、織り重なっていくのだ。
(でもそれは、実際にはとても勇気のいることだ)
(揺れのない感情の箱の中は、とても安全だからね)
だから、私は思う。
経験を重ねるということは、
「感情をあわせていくこと」だと。
ただ出来事を積み重ねるのではなく、
感情を通して、自分と世界を 重ねていくことなんだと。
🥀
揺れて、進んで、また戻って。
そんな感情の“折り返し”を、
私は長いあいだ、「弱さ」だと思っていた。
でも今は、それこそが、
私という存在のかたちなのかもしれないと思っている。
まっすぐに進むだけではなく、
遠回りしても、迷っても、
感情の軌跡を何度もなぞりながら、私は私を生きている。
折り返しながら、深まっていく。
揺れながら、きっとまた、自分になっていく。
果てのない自我を、私は抱きしめながら、生きていくのだ。


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