映像のことをよく知らないくせに、主演と監督のオファーを受けて、意気揚々と監督名を自分につけたりしていた。
周りにはバレていたかもしれないが、完全に調子にのっていた。恥ずかしい。
正直、台本をつくることが、こんなにもこんなにも難しいとは思わなかった。
頭の中には確かにある。
映像も、空気も、温度も、間も、全部ある。
なのに、それを言葉にしようとした瞬間に、輪郭が崩れてしまうんだ。
掴めているはずのものが、文字にしようとすると、手の中から零れ落ちていくんだ。
あるのに、書けない。
だから、ないのか?とすら疑ってしまう。
手探りに手応えがついてこない、ただ不安になる時間がどうしてもやってくる。
この時間がどうしてなのか、わからなかった。
頭の中がひっちゃかめっちゃの自分に絶望して、
悔しくて、情けなくて、泣きたくなって、
そして、実際にゲロをはく日々。ゲロロdays。
今朝、助監督のTさんとミーティングをしたとき、
たまらなくなったわたしは意を決して「自分のわかりやすい形にして書きたい」と言った。
すると、Tさんは間髪入れず、「だめです!」と言った
まじかよ!、ฅ(๑*д*๑)ฅ
そのあと静かに「それは、日本語が話せないので英語で話していいですか?と言っているのと同じです」と言った。
その言葉に、正直ショックを受けた。
それと同時に、何かをごまかそうとしていた自分を、見透かされたような気がして、なんだか、とても恥ずかしくちいさくなった。
だからわたしは、「出来ないことが悔しいです。なんで出来ないのかわからないです」と言った。正直、言うしかなかった。
Tさんは、そんなわたしにやさしく、
「それは、しっかり壁にぶつかっているということです。まだ時間はあるんだから、大丈夫ですよ」と言ってくれた。
壁。
ああ、これは壁なのか、と思った。
プールで泳げるから海も泳げると、どこかで思っていた。
そのくらい幼かった自分に、また悔しくなった。
言い訳タイムをする。
これまでの仕事は違った。
舞衣がうまれてから、舞衣として出会い、舞衣として積み重ねてきた仕事には、いつだって「たのしい!」が散りばめられていた。
振り返れば当たり前だ。
まいまいのおもちゃ箱でのお遊びも、舞衣指名でいただいてきた仕事も、舞衣の感覚を、舞衣の中で扱いやすい形に圧縮して、それを差し出す仕事だったのだから。
舞衣の中でいろんな形の波をつくり、
同じ場にいる人が、その波に触れて、揺れる時間をつくること。
それは、とても豊かで、わたしなりに愛のある時間だった。
その波が届く範囲は、「同じ感度を持つ人」に限られていたが、わたしはそれでよかった。わたしは、その範囲の中にいることで、自分を守っていた。
でも同時に、範囲の外へ出ることから、逃げていたのだと思う。でも、それがよかった。わかっていた。
監督という仕事は、違う。
それが、今日わかった。
監督は、
感度が違う人にも、経験が違う人にも、前提が違う人にも、
同じ像を結ばせなければならない。
感覚を持っているだけでは足りなくて、
それを、構造に変換しなければならない。
元気になってきた2周年のわたし。あたらしい挑戦だ。うまく行くかわからない、でも後悔はしたくない。
だから、できることはひとつ。
…ペンを持ちます。

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