トロンボーンの欠伸

Webに出たものは、残り続ける。
どれだけ事実と違っていても、時間が経つほど誤解が固定化されてしまう。

書面を提出して、然るべきところに話を通した。
それでも、何か月も前のメモがいまだに拡散され続けている。
これはいったい、誰のための行動なんだろう。

そもそも、私は客を盗った事実はない(すべての証拠を出した)。
それなのに、何か月も同じことを言われ続ける。

事実と異なる話が堂々とねじ曲げられ、拡散される。
新しく出会う人に対しても「そもそも事実ではない」スタートラインで話が進む。

まるで、同じ穴に住み続けるモグラのようだ。
モグラではないのに、モグラにさせられている感覚。

「もういいや」と割り切れたら楽なのに、どうしてもなれない。
それは昔から、ずっと、そういう性分だった。


胸の奥底で、ずっと青い炎が消えずに燃えている。
今回のことだけではなく、いろんな出来事のいろいろな事のそのたびに。
でもそれは相手を嫌いだからでも、許せないからでもなく、
ただ私は、自分で自分を投げ出せないのだ。

適当に流してしまえば楽になれるのかもしれないのに、
「自分の正しさ」を貫いてしまう。

それは、長所もあり、短所でもあることを頭ではわかっている。

社会は「正しさ」ではできていない。
利害やお金、空気、力関係がある。

理不尽なことも多い。
正しいことを言っても通らない場面がある。
むしろ、正しさを貫こうとすると、逆に損をすることすらある。

そういえば社会人二年目の時、職場の部長や課長によく言われていた。
「〇〇は間違っていない。でも、やり方が違う」「伝え方・言い方が違うんだ」


あの頃、会社が私にとっての「社会」だった。
だから、カンファレンスでは「どう伝えるか」「どう進めるかを共有する方法」を考えることで、正しさを通せた。

でも今は、向き合う相手が多い。(社会が広いことは素敵なことを大前提として)
その都度、考え方を変えなければならないのだろうか。

でも、もしかすると、私自身のサービスやランディングの軸が定まっていないから、
考える母数がたくさんのように感じるのかもしれない。

まだ時間がかかるかもしれない。
私は頭が固いし、自分で答えを出さないと前に進めないから。

to be continue…☆

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