梅雨の終わりころからシエンテとかかわるようになった。
ぽつぽつと参加していたら、前職の知識をベースにしたセミナーを任されたことをきっかけに、
気づけば中心メンバーに迎え入れてもらっていた。
ちょうどいま取り組んでいる、まりてんさんとコラボした 「性病検査キャラバン」。
シエンテでは特に大きなイベントで、進むこと・考えること・学ぶことが一気に押し寄せてくる。
いっぱいいっぱいではあるけれど、活動はとても充実していると思う。
「性病検査キャラバン」
元々が医療従事者とはいえ、性病については知らないことも多かったから、
新吉原診療所の小田島先生や代表の中山さんにお話をうかがいながら、少しずつ学び直した。
難しいところもあったけれど、昔の知識がふっと戻ってくる瞬間もあって、
「ああ、やっぱり学ぶことが好きなんだな」と思えた時間だった。
みんなで何度か勉強会を重ねて、必要な部分をぎゅっとまとめ、
ミニセミナーの形にしているところだ。
当日は無料検査のほか、資料展示なんかもあって、
来てくれた人が少しでも知識をアップデートしてくれたらいいなと思っている。
他にも私はチラシづくりも担当させてもらっていて、
メンバーそれぞれが「できること」を少しずつ持ち寄りながら、準備が進んでいる。
まるで文化祭のような空気のなかで外側の作業を重ねていくうちに、
自分の内側のことが、じわっとにじみ出てくることが何度かあった。
普段なら流してしまうような気持ちが、不意に輪郭を持つ瞬間ってある、よね。
枝をたどって幹を憂う、というか。
人はいつだって、自分というものを出来事を通してしか見られないのだと思う。
良いことも、悪いことも。
風俗嬢としての私
基本的には、いまの自分が好きだ。
プレイの瞬間、お客さんと感覚が偶然でも必然でも合うとき、
“あ、これはいい時間だ” と思うと同時に、とても「生きている感じ」がする。
特にそれが相互の波長で起こることは、やっぱり幸せだし、サービス業の醍醐味だと思う。
ただ、どの世界でもきっとそうかもしれないが、好きなことを仕事にするということは
ずっと楽しいだけではなくて、同時に小さな葛藤もついてくる。
大前提、この業界の第一線で走る女の子たちは本当にすごいし、尊敬している。
だけど最近は、
「こういう楽しみ方が正解」
「こう働くのがかっこいい」
みたいな空気感が業界のなかでちょっと増えていて、
そこに違和感が出るときがある。
楽しんでいること自体は本当なのに、
その“楽しみ方”が外側から決まっているように感じる瞬間があって、
ふと距離を置きたくなることがある。
一方で昼の世界からは、
「どうせ〇〇でしょ?」みたいなラベルを貼られたままに話が進むこともある。
対等じゃない視線に、埋められない溝のようなものを感じて、
ふと寂しくなるときがある。
夜からも昼からも、
どちらの価値観にも私自身がぴたりとはまらない感じがあって、
そこが少し、居心地の悪いところだった。
そんな私にとってのシエンテ
ここには、「いいものを作れ!」という圧もなければ、
誰かに値踏みされるような視線もない。
期待されすぎもしないし、雑に扱われることもない。
ただ「そこにいて大丈夫」という空気があって、
それって案外すごく大事なんだな、と素直に思った。
キャラバンの準備をしていると、
静かに呼吸が整っていくような時間がある。
ああ、こういうのが自分には必要だったんだな。
当日、どんな景色が広がるんだろう。
ちょっと楽しみにしておこうと思う。




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